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草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル

STAFF BLOG

【くさつ音楽アーカイヴ】ヴィンシャーマン指揮 バッハ「深き淵より」1980年

「くさつ音楽アーカイヴ」厳選名演の4曲目は、バッハのコラール「深き淵より」BWV246/40aを、田中雅仁のファゴット独奏、ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮アカデミー・チェンバー・オーケストラの演奏でお届けいたします。
ドイツの指揮者・オーボエ奏者で、ドイツ・バッハ・ゾリステンの創設者としても知られ、数多くの後進を育てたヴィンシャーマンは、バッハをテーマにした第1回と第3回の草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに参加し、指導者・演奏者として重要な役割を果たしました。
「深き淵より」は、第1回の最終日「バッハ コンサート」のアンコールとして演奏されました。この作品は1966年に日本で自筆譜が発見され、公開の場での演奏はこの日が初で、ヴィンシャーマン指導の下、ファゴット・ソロと弦楽合奏により行われました。新たな作品と出会える草津の音楽祭は、ここから始まっています。


*バッハ自筆譜の発見についての詳細は、動画画面の下方をご覧ください。

J.S.バッハのコラール「深き淵より」とその発見について

文・角倉一朗

第1回記念LPより(1980年作成)

 日本でバッハの自筆楽譜が、それも未知の作品の楽譜が発見されることなぞ、誰が予想できただろうか。しかし、この信じ難いような事件が現実に起こった。1966年9月18日のことである。

 東京芸術大学の服部幸三教授と筆者は、当時、ゲッティンゲンにあるバッハ研究所の依頼で、バッハの、ある教会カンタータの原譜を捜すため、旧南葵音楽文庫所蔵の手稿譜を調査していた。そのことが9月14日付けの読売新聞紙上で報じられると、宮内庁式部官(当時)前田利建氏から、「自分のところにバッハの自筆と称される楽譜がある」との連絡を受けた。さっそく鎌倉の前田邸で現物を実見し、その後約1ヵ月のあいださまざまな角度から検討を加えたすえ、われわれは、それがほぼ確実にバッハの自筆譜であり、しかもまったく未知の作品であるという結論に達した。

 問題の手稿譜は、故前田利為侯爵が、駐英大使館付き武官だった1927年かた1930年のあいだにロンドンの著名な古書籍商マッグズ兄弟商会から入手したもので、13×24cmの紙片に記された5声部15小節の小曲である。左上方にChoral: Aus der Tiefenという手書きの表題が見られるが、作曲者や年代は記されていない。

 鑑定にあたったわれわれは、まず2つの問題を解決しなければならなかった。第1は、それがはたしてバッハの自筆であるか否か、そして第2は、それがバッハの自作であるか否か、という問題である。筆者は当時バッハの資料研究に携わっていたので、個々の文字と楽譜記号を確実なバッハ自筆資料と詳細に比較照合した結果、新発見手稿譜はほぼ間違いなくバッハ自身の手で書かれたこと、しかもそれは比較的後期の、少なくとも1724年以後の書体であることが明らかになった。だが、この事実から、それがバッハ自身の作品だという結論を引き出すことは許されない。なぜなら、バッハはしばしば他人の作品を自ら筆写したからである。幸いなことに、過去20年のバッハ研究は、彼の筆写書体と書下ろし書体をはっきり区別することができた。ドイツで発達したこの書体研究の成果に基づいてさらに詳しく調べてみると、問題の手稿譜には2種類の書体が共存しているのである。結論だけをいえば、5声部のうち下2声の第12小節までは筆写書体、上3声すべてと下2声の最後の3小節は書下ろし書体を示している。したがって、少なくとも上3声はバッハ自身の作だと断定することができる。

 それでは、この小曲はいかなる種類の音楽なのか、ということが次に問題となる。この手稿譜には歌詞もなく、楽器編成も記されていない。しかし、われわれの調査の結果、下2声の第12小節までは、「ルカ受難曲」(BWV246)第40曲のテノール独唱と通奏低音のためのコラール”Aus der Tiefen”(深き淵より)とほぼ完全に一致していることが明らかになった。ところが「ルカ受難曲」は、旧バッハ全集のなかでバッハの作として出版されたが、現在は、すべての研究者によって、偽作とみなされているのである。しかしこの受難曲には、バッハ自身と次男エマーヌエルによって筆写された総譜が現存しているので、これがバッハの生前にバッハの手で演奏されたことはほぼ確実だと考えられてきた。そして日本で発見された手稿譜が、この推定を決定的に裏付けることになった。つまり問題の自筆譜は、バッハが「ルカ受難曲」を演奏するとき、第40曲の独唱コラールに3つの器楽声部と3小節のコーダを書き加えて編曲したものだと思われるからである。付加された3声部は、音域から判断して、ヴァイオリン2部をヴィオラであろう。

 われわれの調査結果は1996年10月18日、音楽学会第17回全国大会(大阪・相愛女子大学)で報告され、バッハ資料研究の中心であるゲッティンゲンのバッハ研究所によっても全面的に追認された。

 この楽譜は1967年3月、読売新聞社主催の南葵音楽文庫特別公開展へ参考出品され、角倉が補筆した通奏低音による演奏が会場にテープで流されたが、公開の場での演奏は、1980年8月31日、草津国際音楽アカデミーの最終日に、バッハ・コンサートのアンコールとしてヘルムート・ヴィンシャーマンの指揮で初めて行なわれた。バッハの自筆譜には若干の誤記や判読困難な個所があるので、この演奏は角倉が校訂した楽譜に基づいて行なわれ、ヴィンシャーマンの意見でコラール・パートはファゴットによって、他の声部は弦楽合奏によって演奏されている。「ルカ受難曲」のコラールは、イエスを否認したペテロが、深い心の淵からイエスの恵みを求めて歌うものである。

角倉一朗(1937年~)
桐朋学園大学助教授、東京藝術大学教授を歴任し、多くの音楽学者を育てた。多くの門下生が全国の大学で音楽史関連講義の教鞭をとっている。退官後神戸女学院大学特任教授に着任。著書に『バッハ』(音楽之友社)、『現代のバッハ像』、『バッハ作品総目録』(白水社)などがある。

次回の「くさつ音楽アーカイヴ」の更新は8月7日(金)を予定しています。

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