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【草津Library】バッハの抱擁性

文・遠山 一行

第1回プログラムより(1980年8月発行)

 20年ほど前のことになるが、放送のために1ヵ月ほどつづけてバッハの話をしたことがあったが、その機会に、ー般の聴取者からバッハについての個人的な意見や感想を募集したら、予想外の多数の応募者があっておどろいた。このことはすでに自分の本のなかに紹介したが、私が本当におどろいたのは、バッハ愛好名の数というよりも、彼らがこの音楽に対して抱いている心情の多様さというようなものだった。その多くはいうまでもなく、賛美の言葉だが、すでにそこに、お互いいに矛盾し合うような考えが同居していた。ある人は、そこに比類のない音の建築家を見るかとおもえば、別の人はロマンティックな情感の豊かさを発見した。多くの人にとって神の声の表現であったものが、最もつつましい人間の告白とされた。そればかりではなくて・この音楽に心からの感謝を捧げる人々の榜で、憎しみや嫉妬の気持ちを書き送った人もいた。

 こうした人々が、それぞれにかたよった、あるいはまちがったバツハのきき方をしているというのは簡単なことである。しかし一つの音楽が、こんなにも深く人々の心のなかに入りこみ、切実な告白の対象になるというのは、やはりおどろくベきことにちがいない。これらの文章を読んでいて、私は、バッハという言葉が、それを書いた人々にとって、愛とか死とかいうような「一音節」の、つまり生にとっての一番根源的な言葉になってしまっているのを感じたのである。

 こういう音楽をほかに求めるならぱ、おそらくモーツアルトの場合しかないだろう。モーツアルトについても、多くの人の賛美の声を集めた本が我が国でも出ている。しかし、ここでは、人々のえらぶ言葉は多彩でも、言われていることは結局みんな同じなのだという気がする。それは、死ぬというのは私にとってモーツアルトの音楽がきけなくなることだ、といった神学者のカール・バルトの告白のなかにいいつくされているのだろう。

 人々のバッハに対する理解にいろいろなものがあるというか、多様なのは誤解の方だというかは、すでにその人の音楽に対する態度をあらわしているはずである。なぜバッハを誤解してはいけないのか、という想いは常に残るのである。

 バッハを演奏する人のことを考えて見ればいいのではないだろうか。バッハの良い演奏、わるい演奏はもちるんある。しかし・それは多くの場合、その人が本当に音楽家かどうかをあらわしているにすぎないとも言えるようである。あるいはその人が本出に言うべきことをもっているかどうか、と言い直してもよい。

 演奏家が本当に表現すベき音楽を心のなかにもっているならば、それはバッハによって・受け入れられる。これはいかにも恣意的なロマンティックな考えだといわれるかもしれないが、私は批評家としも恣意的なロマンティックな考えだといわれるかもしれないが、私は批評家として多くの演奏家に接していて、しばしばそういう感想をもつことがある。いろいろなバッハは面白い。たとえばモーツァルトの音楽がジャズになると、それはもうモーツァルトではなくなってしまうのとはちがう。ジャズになってもバッハはバッハだとおもうことが多い。最初にかいたバッハの大きさ、抱擁性というのはそういうことである。

 バッハの音楽の抱擁性というのは、ある程度までは歴史の問題にちがいない。バッハの生きた時代は、歴史の大きな移りかわりの時期である。哲学者のシュヴァイツアーは・バッハのなかに過去のすベてが流れ込んでいるといったが、その過去は、バロック時代をこえて、ルネサンスの・ポリフォニー音楽の歴史にもつながっているはずである。

 最近の学者たちは、バッハに新しい時代の先駆者を発見した。バッハを拒否し、あるいは忘れていた百年問——18世紀の3分の1が終ったころから、19世紀の3分の1が終るころまで——の音楽を支えていた原理は、バッハの作品のなかにちゃんと実現されていたというのである。ましてロマン派の音楽家たちは、バッハに一つの確実な故郷を認めていたし、20世紀に入っても、バッハは依然として先駆者だった。それもお互いに対立する陣営が、バッハこそ自分たちの父であるといったのである。ストラヴインスキーの新古典主義は「バッハに還れ」という言葉で象徴されたし・革命家のシェーンベルクもバッハから本質的なものを学んだことをかくそうとしないのである。

 彼らのうちの誰かが正しく、誰かがまちがっていたということはできないのではないだろうか。少なくとも、バッハ自身はそういうことはいわないのではないか、と私はおもう。そして同じことは当然演奏家たちにもいえるはずである。バロック的なバッハ・占典的なバッハ・ロマンティックなバッハ、そして現代的なバッバあるいは最近の——グレン・グールドのようなものやジャズを含めた——マニエリスティックなバッハも、作曲家自身によって、受け入れられるにちがいない。

 バッハと歴史について書き出したのに、私は結局、その音楽がもつ神のような抱擁力を認めることになってしまった。バッハの音楽をきくことは、神の創造の現場を私どもに見ることをゆるす、といった音楽家があるが、私どもの限られた想像力を助けて、ある超越的な世界のの存在を予感させるという意味でならぱ、それは正しいといえるだろう。

 しかし、人間の行為やその結果を神のそれにくらべることはゆるされないだろう。私もバッハの音楽に、人間をこえた超越的な世界を見たいという気持ちをもっことがないわけではないが、結局それは、人間にゆるされた最も大きな父性といったようなものなのだろう。すべての音楽家がバッハに父を見るということは、私共がバッハを理解する前に、バッハによって自分たちの音楽がゆるされていると感じることである。こういう芸術は、音楽ばかりではなく、ほかの分野にも見出すことはできないのではないだろうか。

 そのようなバッハの創作の典型的な例をどこに見たらよいか。これは当然むずかしい問である。ある人はあの「マタイ受難曲」にバッハ的世界の最も大きく、そして深い表現を見るかもしれない。たしかに、プロテスタンティズムの音楽家としてのバッハ、更にまた当時のバッハを身近くつつんでいたとおもわれるピエティズム——敬虔主義——の人問的・主観的主義的な心情——を綜合的にあらわすものとして、「マタイ受難曲」は、疑いもなくバッハの創作の最高の峯のひとつである。

 しかし、そこにバッハのすべてがあるといえぱ、必ずしも賛成しない人もあるにちがいない。ことにその音楽のなかにあるラテン的・古典的な要素を望んでいる人々にとっては、理想的なバッハは明らかに別のところにいる。パリで私が師事したデュフールク教授は、バッハに関する著書のなかで、「マタイ受難曲」はバッハのゲルマン的なロマン主義の代表作であり、「マニフィカート」はラテン的な古典主義の代表作だといって、後者に軍配をあげている。フランスに長期間いた私には、そうした彼ら審美眼のよってくるところがある程度理解できるし、そのどちらかに、本当のバッハがいるかといわれると困るのである。戦前我が国にもしられていたセシル・グレイの音楽史には、もしバッハという人問が確かに存在したという証拠がなければ、それはホメロス(ホーマー)、複数の人間がやった仕事の総合だと考えないくらいだ、と書かれている。その気持もまた多くの人に同感されるかもしれない。

 しかし——とまた書くが——一私を含めたバッハの音楽愛好家・崇拝者にとって、彼の芸術が、その多様性にもかかわらず、全体として完璧な≪統一性≫を持った世界であることも否定するわけにゆかない。先頃邦訳の出たガイリンガーの『バッハ』のなかで、著書は次のようにいっている。

ヨハン・セバスティアン・バッハの芸術を、かりにひと言で特徴づけようとするならば、それは≪統一化≫と呼ぶべきであろう。彼の手によって、この上なく異常な要素が溶接され、完全に統一的な性格を持つ一個の新たな存在が生み出された。(角倉一朗氏訳)

 こうした「統一的」な性格を最もよく代表している作品としてしばしばあげられるのはヴァイオリン及びチェロのための無伴奏ソナタ(パルティータ)である。組曲という形式の持つ日常的・遊戯性の中に深く精神性を宿し、一本の弦楽器で、時には複雑な対位法的世界を実現するという奇跡にも似た創造をバッハはなしとげている。待に、有名な無伴奏組曲第二番のシャコンヌや・チェロのための組曲第5番なども、そのなかでもひときわ高く雄渾な峯というのではないだろうか。こういう音楽を聴いている時ほど、音楽というものの素晴らしさを感じることはない。

 ただ、正直にいって、私自身にとってはそれは時に余りにも大きすぎる世界で、その前ではもう何事もなし得ないという気持になる。批評家として、バッハについて、書くことの困難さ、自分の無力さを教えられる。私にも、バッハについての文章はいくつかあるが、結局はそうした無力さの告白に止まっている。とても本格的な「バッハ論」のようなものが書けるとは思えない。

 バッハを弾く演奏家はどう感じているのだろうか。私は、はじめに、バッハについてはどんな演奏もゆるされている、と書いたがそれは裏がえしにしてみれぱ、どんな演奏もバッハのひとつの形にすぎないともいえるわけである。それを意識したら、演奏家はどうなるのだろうか。

 たとえば、バッハをひく時に、演奏家はその都度自分音をえらばなけれぱならない。それはモーツァルトをひくヴァイオリニスト、シヨパンをひくピアニストがみんなぶつかって解決しなければならない問題だが、モーツァルトの音、ショパンの音というものを自分の心のなかでかりにイメージすることが出米るとしても、バッハの音というものを考え、そして選ぶことができるだろうか。

 オルガンの音は、あらゆる意味で、バッハの音のもつ超越性、演奏家ひとりひとりの恣意をこえた客観性を代表するもので、オルガンこそバッハの理想的な楽器だという議論は、その限りでは理解できる。ピアノの音はそれをひいているひとりひとりのピァニストの個性をはなれることはむずかしい。むしろ、その個性のなかに、作曲家の個性が新たに生きかえって私共に語りかける。私はそういう音楽のあり方が好きだが、バッハはことによるとこれとは無縁な世界の音楽家なのかもしれない。

 けれども、バッハの鍵盤楽器の音楽を、私はオルガンやチェンバロ(これもやはり客観的な音を持つ楽器である)でいくよりもピアノでひく方が好きである。それは、私がピアノという楽器により多く親しみ、またきき馴れているということも関係しているにちがいないが、必ずしもそれぱかりではなく、ひとりひとりのピアニストの音がみなちがっていながら、そこにバッハが生きているという感じが好きなのである。

 それは、ショパンの場合のように——モーツァルトでも結局そうだが—作曲家と演奏家の個性がぶつかり合い、また時には語り合って生まれるドラマの面白さとはやはりちがっている。バッハでもそういう楽しみはあるが、それ以上に、すべての音、すべての個性が、バッハによってゆるされているという気持ちがつよいのである。

 そのひとつひとつの演奏について、私は書くことはできる。しかしその背後にあるバッハの音楽について書くのは、私にはやはりむずかしい。

遠山 一行 
1922年7月4日 – 2014年12月10日 音楽評論家。草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルにおいて1980年から1989年まで実行委員長、1990年から2009年まで音楽監督を務める。

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