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草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル

STAFF BLOG

【草津Library】三年目の草津

文・遠山 一行

第3回プログラムより(1982年8月発行)

  草津の国際音楽アカデミーは必ずしも確信があってはじめたことではなかった。豊田耕児さんは30年来の友人で、その音楽的理想に共感するものとして、何とかしてそれにふさわしい仕事を日本でもしてほしいという気持ちから協力することになったが、果して私共の考えが日本の音楽家や音楽学生にうけ入れてもらえるかどうかわからなかった。幸いに地元の草津町やそのほか多くの方々の支援で、私共自身がびっくりするくらいにスムーズに実現のはこびとなったが、実際はみんなが手さぐりだった。

 はじめてみると、このこころみが、参加者の心にふれるものがあるのを感じたが、2週間が終って、多くの人々に喜んでいただけたことを知ってうれしかった。周囲のはげましやジャーナリズムの好意ある反響も力になった。正直に言ってなかなか困難の多いこの仕事をつづけていけるのも、そうしたものすベてが支えになっているのである。

 草津のアカデミーが、従来の日本の音楽教育の単なる延長であってはならないという気持はいつももっていた。我が国の音楽文化の発展はめざましく、その原動力となったのが音楽学校をはじめとする音楽教育の力であることはいうまでもないが、その精華にのる形で草津の夏をにぎやかに音楽で彩るというのは私たちの趣旨ではないのである。むしろ、短い期間ではあっても、もう一度音楽の初心にかえって、自分たちの出発点をふりかえって見ようという方がちかいだろう。

 豊田さんは、草津をはなばなしいスターをつくる場所であるよりも、みんなで音楽をやっていくようなオーケストラと室内楽のようなアンサンブルを重んじる場所にしたいと言っている。必ずしもえらばれた秀才やエリー卜を集めるのではなく、すべての人に開かれた場所として、そこでひとりひとりが何を経験するか、経験できるかということが大切なのだと私もおもっている。そして、何よりも私自身が草津ですばらしい経験をしたと信じている。

 アカデミーの参加者は、はじめは100人程、昨年はほぼその倍、そして今年もまたふえそうである。参加者は文字通りさまざまである。その中には上手な演奏家もいればそれほどでない人もいる。こういうさまざまな人々が一緒になるアカデミーというのは、一面ではやりにくいことは事実である。しかし私共はそれを避けるつもりはない。上手な人が集まるのは望ましいが、しかし音楽はそういう人々だけのものでないことも明らかである。あえて言えば、音楽はただ技量や才能の問題ではなくて、ー人一人の人間の心の深いところに生れる欲求の問題なのである。

 それは決して私共が昔楽家のプロフェッショナリズムを否定しているのではない。むしろ正しいブロフェッショナリズムが生れることが望みなのである。我が国では、とかく専門家は狭い価値感のなかにとじこもってしまって、音楽がすべての人の心に開かれていることを忘れてしまう。上手な人も、それほどでない人と一緒に音楽をやって大切なことが学べるかもしれない。それが出来る人が本当のプロフェッショナルなのである。草津をそういうことを可能にする楊所にしたい。

 3年目になると、アカデミーの運営は少しは落ち着いてくるかもしれないが、私共が初心を失ってはならないとおもっている。それよりも参加者の一人一人が、目先の成功や名声などというものを離れて、音楽の初心にかえってほしいというのが私共の最大の望みであり目的なのである。

遠山 一行 
1922年7月4日 – 2014年12月10日 音楽評論家。草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルにおいて1980年から1989年まで実行委員長、1990年から2009年まで音楽監督を務める。

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