Loading

STAFF BLOG

【草津Library】草津夏期国際音楽アカデミーに寄せて

文・関 徹雄

第4回プログラムより(1983年発行)

3年前の第1回草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルの2日目、ヴィンシャーマン先生の公開レッスンが行なわれた。身近な人間的バッハを語りながら、バッハの器楽曲は原曲のパロディーが多いのだから、オリジナルのカンタータやモテットが書かれたときのバッハの生き方や考え方、それに原詩の意味を知り、さらにこれを歌えなければ器楽曲は弾けないということなど講じられた。ここで一人の生徒が「君は今、一体何を考えて弾いているのか、君が弾いているところを、声を出して歌ってみなさい」と言われて絶句してしまったが、この素朴な言葉は聞く者の胸にもぐっと応えた。この生徒は楽譜を間違えて弾いたわけではない。むしろ上手に演奏したのであるが、この言葉は音楽がどういう状況で、何を描こうとして作られたかを考えた演奏でなければ、生きた音楽は創造されることはないと云われているように思えたからである。正直のところ、このアカデミーでもコンサートに出かけ、これを一人の聴衆として聞けば十分と思っていたが、このレッスンを聞いたことでコンサートでは得られない別の可能性、より広い大きな音楽の世界が開かれるように感じられ、音楽を専攻する者でもないのにこの3年間、コンサートばかりでなく、主に群響のメンバーや音楽大学の学生を中心とする生徒とともに公開レッスンもリハーサルもできるだけ欠かさず聞くことになった。

 3年間、これらを聞いて驚いたのは、日本人を含めアカデミーの講師として参加した世界一流の演奏家たちが、楽器、国籍は異なり、おそらく考え方はもっと異なると思われるのに指導方針に一貫性のあることであった。豊田耕児先生が信頼した方々を招いているのだから、このことは当然考えられるのであるが、さきのヴィンシャーマン先生の話からもうかがえるように音楽の出発点をもう一度、広く認識させるところに共通の基本姿勢があるように思われる。したがって音楽の原点を学ぼうという意欲があれば、初心者でも生徒として個人レッスンを受ける機会が与えられることもあるのだと思う。昨年のヴィット先生の公開レッスンの最後に8人のコントラバス奏者による「アヴェ・ヴェールム・コルプス」の合奏があった。モーツァルト晩年の世界を感じさせる非常によい演奏だった。そこにコントラバスを始めて半年にもならない生徒がいた。この生徒を合奏までに引き上げたヴィット先生の腕前にも敬服したが、ベルリンフィルの名手と合奏できたというこの生徒の感激は生涯忘れられないものになったであろう。たしかベルリンフィルだったと思うが、同じ曲を同じ編成で演奏したレコードを思い出しながらも、草津アカデミーの意義を考えさせられる一時であった。

 今年も来られるアクセンフェルト先生は一昨年モーツァルトのホ短調ヴァイオリンソナタ等を取上げて、モーツァルトなど古典派の音楽では滅多に使われないホ短調の特徴を指摘しながら調性の歴史的意味、役割を説明してくれた。ヴィンシャーマン先生も昨年、ご自身の「オーボエ・ダモーレ」を示しながらイ調の意味を説明し、「ベートーヴェンのイ長調交響曲は何番か」と質問されるなど、調性によって音楽の性格は既に決まっているのだから、それに応じた表現を考えた知的演奏が行われるようにと説かれた。

 楽器のピッチの話から始められた昨年の吉田雅夫先生のレッスンはリズム、ダイナミック、アーティキュレーションなどの楽譜を通じてバロック時代から現代に至る音楽を意味づけてくれた。非常にわかり易かったが、一流の演奏に不可欠な要因を指摘した程度の高いものであった。ここでアッポジャトゥーラについて、この言葉は20年前日本では専門家でも知る人が多くなかったと云われたように、たしかになじみのない言葉であるが、一昨年金昌国先生もこれを取上げ、平板、単調でない豊かな表現の音楽とするには、この奏法上の配慮が必要なことを強調されたのを思い出し、いつでも基本的な事柄が問題にされると思い興味深かった。

 ここで専門外の者がこのような音楽用語にまで触れるのは恥しいのであるが、演奏には姿勢をよく、体全体で歌うようにという注意がしばしば聞かれるように、一流の演奏家が一流であればこそ、専門外の者にも理解できる音楽の基本をどんなに大切にしているかがわかるような気がする。こうしたレッスンを聴講し、リハーサルも聞き、コンサートに出かけると一流の演奏家が基礎に根ざした生きた音楽をどのように組み立てて行くかの手の内を見せてくれるような演奏と実感し、今までとは違った別の音楽を聴くような感動に打たれる。こうした感動はこのアカデミーでなければ、一般の音楽愛好家がほかのところでは味わえない貴重な体験である。勿論、コンサートだけに出かけても、以上のような演奏家の指導を受けた生徒を含めた演奏に音楽の根源から湧き出る響きが感じられ、大きな感銘が与えられるのは云うまでもない。

 こうして過ごす2週間は実に楽しい。朝の公開レッスンからコンサート終了後の翌日のリハーサルなども聞くと帰るのは夜10時過ぎになり、かなり疲れる筈なのに翌日また一流の演奏家の体から発散される音楽を聴けば体の疲労は吹き飛んでしまう。生徒も相当ハードなスケジュールなのに疲れたという人に会ったことがない。皆、一流の演奏家の豊かな人間性に触れ、できるだけその音楽を吸収しようと懸命で疲れを感じる暇がないのであろう。こうした生徒として多数参加している群響の役割が大きいのは明らかであるが、レッスンやリハーサルの合奏や伴奏を勤めるアシスタント・アーティストの音楽も忘れることはできない。この方々も「ピアノは多くの表現力があり、ピアニストは指揮者のような働きをするから全体の表現を考えて弾くように」(ヴァシャリ先生の公開レッスンから)といった音楽の意味をよく知ったすぐれた演奏家である。ドイツなど海外で学んできた人も多く、既にレコードを出している方々と共演できる生徒はまた大変幸福なことであろう。

 さて、最近6月27日、草津でのコンサート部門を支えている群響の東京公演が行なわれた。白井光子さんと「子供の不思議な角笛」というドイツロマン派の世界を見事に歌った「マーラーの第4交響曲」の演奏は3年間のアカデミーの成果と考えて間違いあるまい。

 こうした大きな影響を楽壇に与えている草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルでの演奏はレコードで発売されている。演奏家の表情や体の動きが実際に見えるような実によい録音である。今年はできれば実況録音をいくつか入れて貰えたらと思っている。

 以上専門外の者が感じるところを書き連ねたが、この草津での文化的催しは、音楽監督の豊田耕児、実行委員長の遠山一行の両先生、事務局長の井阪紘氏の献身的御配慮、草津町町長萩原亮氏、草津温泉観光協会会長中沢清氏を中心とした草津町、町ぐるみの協力によって開かれているのは間違いあるまい。音楽による人間の教育の場として永く、いつまでも続くことを心から願うものである。

関 徹雄 独文学者 獨協大学名誉教授

【草津Library】草津音楽祭の誕生

2019年のコンサート聴きどころ・8月25日編

関連記事

  1. 鳴り響く神々の声―西村 朗の音楽

    2019.07.31
  2. 【草津Library】三年目の草津

    2019.06.13
  3. 十一年目を迎えた「草津音楽祭」に思う

    2019.08.07
  4. 【草津Library】ここに一つの新しい試みが誕生する。

    2019.05.11
  5. 【草津Library】山上のフェスティヴァル

    2019.06.21
  6. 【草津Library】緑の草津に相応しい音を

    2019.05.27


Twitter

Facebook

PAGE TOP